景観・デザイン委員会 (その②)
(大切なことってのは、思い切り、マジメに、かつ誤解を恐れずに書きたい)
終わって思った正直な感想。

やっぱ、今の景観工学に興味を持てない

薄々気がついてはいたけれど、これはこの2日ではっきりと自覚できた気がする。興味が持てない。われながら、とっても致命的な響きに聴こえるのだけれど。

ずいぶん生意気にきこえるかもしれないけれど、最後の篠原修教授の講演は、かなり落胆してしまった。計り知れないほどの苦労と努力を、先生が数十年ってされてきたことは承知の上で、かつ、悲観するしかない今の現状に対して、必要なギリギリの楽観であるにしても、やっぱりおかしい。結論が「よい景観は、水と眺望」っていうのは、あまりにもナシだと思う。

美しい景観は言わずもがな大切だ。 美しいものを守り、作り出す努力を忘れたら、それこそ、この国は終わりだと思う。なにより、僕自身が将来、それ作る当事者でありたいと強く思う。

ただ、今の景観工学に、学問としてのリアリティを感じない。30年先でも、この景色が美しい、日本古来の風景はこんなにすばらしい、だなんて議論がなされてると思うと、控えめにいって、かなり憂鬱になってしまう。それって、前に進んでる?

国民の美意識の喚起って、景観工学の本来の大儀。葉先生は、日本の今の風景を悲観してるし、国民の意識の低さに諦めに近い言葉も時々もらしてる。その先生の発表は興味深かった。今後の景観の4つの概念を明らかにしてた(Improvement Identity Sustenablity Economy) ただ、やっぱり疑問は残る。景観工学の大儀、可能性ってなんなんだろう?
葉先生が今の景観工学に焦りを感じてるのは、いやでも分かる。景観って言葉が一文字も出てこない卒論を書いてる僕を、あえて泳がせてくれることも知ってる。 

もちろん、こんなことを言えるのは、勉強した人間の言える事。不勉強ゆえに、こういうことを表立っては言えない自分が不甲斐ない。もっと、勉強しなくちゃいけない。デザインのことも、土木って分野についても。

今の景観工学(の一部)を否定することで、新しい景観のあり方って見つけられないのだろうか? これが今の僕の立場なんだと思う。

その意識を確認できただけでも、十分収穫であったのかもしれない。
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by neko1dozen | 2005-12-13 02:25
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