郡上八幡で聞いたこと。
「年に何回か通うくらい、好きな街をつくったらいい。」

郡上の夜、酒の席で地元の役人の方に言われた。その方はMr.郡上ともいうべき人で、水路をはじめ、この街の風景の計画・設計に長く携わられている人だった。この方なくして今の郡上八幡はなかった、といっても過言じゃないはずだ。
その方が手がけられた「やなかの小経」では当初、地域の人々にデザインが中々理解してもらえず、この方一人で水路を掃除していたのだという。プランナー・デザイナーとして、ここまで風景を背負える覚悟ったらない。

小生をはじめ、若い世代の言葉にリアリティがないのは、技術力だけではなく、覚悟がないからであって。風景に対して、ひけた腰なんだと思う。風景と戦っている人や街を見て、弾の当たらないところで「憧れる」だけでは何とも情けない。

冒頭の言葉はその覚悟のなさをズバリ指摘していて、柔らかい郡上弁で包みこまれながらも、とても鋭かった。この他、心に残った言葉を書き残しておきたい。
・自分は新しいものを作っているんじゃなく、かつて当たり前のものとして郡上にあったものを作り直してるだけ。
・(郡上の街で)ユニバーサルデザインやバリアフリーをすべて満そうとしたら、いいデザインなんてできない。デザインを分かってもらうまで、粘り強く説得した。
・犬のおしっこみたいに自分のにおいを残そうする設計者がいる。そうではなく、使い手の立場になってデザインすることこそが、デザイナーの作法だと思うな。

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秋の郡上城
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さて、小生は自分の街をどこに作ろうか。やっぱり長野だろうか。
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by neko1dozen | 2008-11-15 22:43
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