冬の餘部橋梁を見てきた。
2007年夏の記録 前回訪れた時から、架け替えのための工事は進んでいた。立ち上がったコンクリートの新橋脚は、思っていた以上に小ぶりに見えた。この大きさのコンクリート橋脚に見慣れてしまったからだろうか。新橋脚は小さく見える割に、かつての親密さを失って冷たく見えた。それは単なる思い込みじゃないと思う。 橋の周りもだいぶ変わった。橋を望む展望台は切り崩されていた。トラスの周囲もふさがれて、橋脚の袂に佇むこともできなくなっていた。ちなみに、2010年度に新橋梁への切り替え終了が見込まれている。新橋梁はエクストラドーズドPCラーメン橋。小生はどうもこの橋梁形式が好きになれないので、余計に残念だ。 気分を切り替えて、宿の夕食。その夜は、鉄橋の直下の民宿に泊まって、名物・松葉カニを頂いた。覚悟を決めて、過去最高にリッチな一晩に挑んだ。 金色に輝く松葉ガニ。食べ物とは思えないほど、ディテールがすばらし過ぎる。貧乏性の小生、お腹がいたくなりそうだった。 部屋から餘部鉄橋を望む。列車が通るたびに、室内にいても、ガタゴトと轟音がこだました。9時半過ぎに最終列車が通過した後は、朝8時前まで10時間列車はやってこない。銀河鉄道のように最終列車が駆け抜けていった後は、日本海の荒波の音だけが残った。 さて、手痛い出費を覚悟の上で餘部の街に泊まったのはカニ…だけじゃなく、たった1晩だけでも、餘部の風景に寄り添いながら、住む人と話してみたいという衝動からだった。 夜に宿の人が、橋のことを語ってくれた。 「前は架け替えてほしくなかったけれど、街の人たちはみんなもう諦めてしまいましたよ。今は早く工事が終わってほしい。」 サバサバした語り口だった。 この橋を失うことは残念ですまされる話じゃない。餘部鉄橋には目に見える「頼もしさ」があって、目には見えない「親密さ」があることを感じた。我々が胸を張って、この時代の遺産として残せる数少ない遺産であって、どんな理由があったにせよ、守られるべきだった。 はたして、今の世界にこれだけのものを残す器量があるんだろうか。土木の人間が啓蒙者としての役割を果たしきれなかったこと、私達の世代がこの橋の議論に間に合わなかったがひどく悔しい。せめて架け替えが終わるまで、何度か訪れながらこの風景を胸に刻みこみたい。
by neko1dozen
| 2009-01-01 22:48
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