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ある夏の夜の夢


夢を見た。 

ある美しい日の夜。意識がゆっくりとぬけていって、世界が真っ白になった。
世界のおわりの夢だった。


その日の夜におわりがくることは、その世界では誰にも直感と経験でわかっている。ボクを除いて、誰も混乱していないし、争いもしない。ニュースにもならない。美しく、長い夕暮れの後、家族でちょっとしたご馳走を食べて、全員で床につく。そして、一人一人、全員に死の瞬間がおとづれる。つつましやかな世界だった。

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1回目のおわりは、現世どおり東京の我が家だった。初めての死にボクはとても混乱してた。
2回目のおわりは、遠い教会(どこかは、わからない。わかるのはそれが遠いということだけだった) の修道院だった。2回目の時は、死の時の鈍い痛みと、もう一度くる生に安堵を感じていた。
その世界では輪廻転生、何度も終わりはきて、生まれかわるのだ。まったく別の生をうけ、それぞれにまったく別の家族が用意されていた。夏の海辺に寄せる波のように生が訪れ、死となってひいていった。黙々とその繰り返し、繰り返し―



これまで、映画や小説なんかで幾度となく「世界のおわり」を見させられてた。それら、どの「おわり」とも違っていた。とても穏やかな死。ごく自然な形のまま、魂だけが抜かれていった。まるでティッシュペーパーを一枚、箱から抜き取るように。
おわりは穏やかで、穏やかなぶん残酷だった。魂が抜かれる時だけ鈍い痛みがあった。喪失ともいうべき痛みに、人々はじっと耐えていた。

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その国では、おわりの日はただそこにあるものだった。なにより、その日の長い夕暮れは息をのむほどに美しさだった。ふさわし過ぎるほどに。



-------------------------おわり。


ちなみに、3度目のおわりの時、ボクは先生だった。最後の日、猫の撫で方をみんなに講習していた。マジメな夢あったけど、ちゃんとボクらしいオチがあった。確かに出来過ぎだけど、ネタじゃない。チワワのようなプルプルの子猫で、撫で心地バツグンなんだ。

なにより驚くべきことは、まったく昨日一日考え続けてたことと同じ夢だったことかもしれない。終わりの日の色は、昨日一日の色そのままだった。昨日流れてた音楽がそのままに流れ、昨日過ごしていた人がそのままに出てきた。そういえば昨日、高田馬場のホームから見る夕暮れを前に、この世の終末について考えていた。自分勝手に、おわりとはこんなんだったらいいな、と。

昨日1日で構成をして、夢で映像作品となった。週末に考えた終末の夢、なんつって。


不思議な夢は時々見る。年に数回、これを機に宗教でもひらこうか、ってくらいの壮大な夢を見る。
現実世界を含めても、これまで最も美しいと思った風景は、一度夢の中で見たサンゴ礁の海だ。夢の中の絵だから、「2度と見れない」とも「もう一度見れるかもしれない」どちらともいえる。不思議な感じ。


ある夏の夜の夢_d0065332_344388.gifちなみに、昨日、現実世界では、スタンドバイミーを見た。まだ初々しいキーファーサザーランド達が、街中のポストをバッドで惨殺してた。
恵比寿の夏限定スターライトシネマ。おすすめ。
by neko1dozen | 2006-07-31 03:18
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街と山と猫と        おいしいごはん
by neko1dozen